わが国の桜と紅葉は、日本ならではの美である。もちろん、日本ならではの美は、他にもいろいろあり、また日本ならでは、でなくても、美しいものはすべていい。そう思いながら私は、この日本中を覆う桜の美しさは、秋の紅葉と共に、日本人にとって、なんとうれしい自然の恵みであることか、と思う。だが桜の咲く期間は短くて、たちまち過ぎてしまう。
毎年、桜の開花情報を聞いて、名所と言われるところに行ってみようかな、と思いながら、ぐすぐずしているうちに、散ってしまう。けれども、名所と言われるような所には行きそびれても、桜を見ない年はない。都市によっては、違いもあるだろうが、東京は、街なかにも桜が少なくない。処々方々に咲いている。上野や千鳥が淵などへわざわざ出かけて行かなければ見られない、というものではない。私の仕事場のあるあたりはビルだらけで、まるで裸の土のない所だが、そんな所でも、すぐ近くにかなり大きな桜の木が一本あって、季節を伝え、眼を楽しませてくれる。
一本だけでも、大きいので見ごたえがある。港区保護樹木と書かれた札がかかっているから、切られることはなく、毎春花を咲かせることだろう。この一本桜は、今はもうほとんど花か散り、葉が出はじめているが、この一本桜の花見なら、行きそびれることはない。今年の桜は例年より開花の時期が長いのだそうだが、それでも、東京の桜はほぽ散ってしまった。これからは、福島や仙台が見ごろになるのであろう。東京は、桜が終わると街路樹の若葉の芽のふくらみが眼につくようになる。
都心で過ごす私は、一本桜で花見をしたり、街路樹の若葉の芽のふくらみ具合を観察したりしながら、細々と自然に付き合い、季節を感じて楽しんでいる。だが、やはりそんな程度では欲求不満になる。その不満が、ゴルフ場に行くと満たされる。今年は、一本桜の花見だけでなく、先日、ゴルフに出かけて、花見もたっぷりさせてもらった。ゴルフ場には桜のみごとなところが少なくない。
2014年4月17日木曜日
東アジアの構造調整
一九九〇年代に入るや、日本は厳しい経済低迷に見舞われ、東アジア諸国からの製品輸入、東アジア諸国への企業進出にかつてのような力はなくなった。ところが、これを補ってあまりある力を、実はNIESがASEAN諸国と中国に与えはしめたことが目される。すなわち近年のNIESもまた、内需主導型成長戦略に転じ、後発国の需要吸収者機能を強化しつつある。
加えて、NIESは後発国に対する大きな投資者としても有力な存在となった。その結果、NIESとASEAN諸国・中国とのあいだに補完的な関係がいちだんと強まっていった。台湾、香港、シンガポールといった在外華人国の場合、ASEAN諸国・中国の華人資本との連携が密であるというのも好条件となっている。実際のところ、香港・広東省を結ぶ「華南経済圏」、台湾・福建省を結ぶ「海峡経済圏」は、今日すでに「統合化」へのハーフウェイをはるかにこえてしまっている。
中国がその新戦略を、東アジアに渦まく激しい構造調整と貿易・投資構造の再編期に提起したのは、的確な判断だというべきであろう。趙紫陽は、さきの戦略表明のなかで、そうした東アジアの状況をたしかな好機ととらえ、「現在の好機を急いで生かすためには、沿海地域はこれに見合った発展戦略をもたなければならない。
全般的には、一億余から二億の人口をもつ沿海地域がしかるべき指導のもとで、計画的に、段取りを追って国際市場をめざし、国際的な交換と競争にいちだんと積極的に参加し、外向型経済を大いに発展させなければならない。これは戦略問題として対処されるべきである」、と表明した。的確な判断である。
改革・開放は、この十数年の過程で中国経済のなかにすでに強囚に「ビルトイン」されており、インフレや所得分配の不平等化に悩まされながらも、国民の大多数はこの路線の「受益者」なのである。「沿海地域経済発展戦略」は、これを長期的な視野からながめれば、中国近代化にとって他に代替策のない開発シナリオである。
「放」(改革積極派路線)と「収」(保守慎重派路線)をくりかえす、中国政治に固有の「政治サイクル」はなお避けえないにしても、中国がその国是である経済近代化を断念するのならいざ知らず、そうでない以上、結局のところ全体としての方向が沿海地域発展戦略の方向に収斂していくであろうことは、まちがいあるまい。
加えて、NIESは後発国に対する大きな投資者としても有力な存在となった。その結果、NIESとASEAN諸国・中国とのあいだに補完的な関係がいちだんと強まっていった。台湾、香港、シンガポールといった在外華人国の場合、ASEAN諸国・中国の華人資本との連携が密であるというのも好条件となっている。実際のところ、香港・広東省を結ぶ「華南経済圏」、台湾・福建省を結ぶ「海峡経済圏」は、今日すでに「統合化」へのハーフウェイをはるかにこえてしまっている。
中国がその新戦略を、東アジアに渦まく激しい構造調整と貿易・投資構造の再編期に提起したのは、的確な判断だというべきであろう。趙紫陽は、さきの戦略表明のなかで、そうした東アジアの状況をたしかな好機ととらえ、「現在の好機を急いで生かすためには、沿海地域はこれに見合った発展戦略をもたなければならない。
全般的には、一億余から二億の人口をもつ沿海地域がしかるべき指導のもとで、計画的に、段取りを追って国際市場をめざし、国際的な交換と競争にいちだんと積極的に参加し、外向型経済を大いに発展させなければならない。これは戦略問題として対処されるべきである」、と表明した。的確な判断である。
改革・開放は、この十数年の過程で中国経済のなかにすでに強囚に「ビルトイン」されており、インフレや所得分配の不平等化に悩まされながらも、国民の大多数はこの路線の「受益者」なのである。「沿海地域経済発展戦略」は、これを長期的な視野からながめれば、中国近代化にとって他に代替策のない開発シナリオである。
「放」(改革積極派路線)と「収」(保守慎重派路線)をくりかえす、中国政治に固有の「政治サイクル」はなお避けえないにしても、中国がその国是である経済近代化を断念するのならいざ知らず、そうでない以上、結局のところ全体としての方向が沿海地域発展戦略の方向に収斂していくであろうことは、まちがいあるまい。
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