2016年3月7日月曜日

企業コンプライアンスの重要性

実際のところ、証拠をどしどし出させることには相当な抵抗かおりますから、これを自発的にやってくれるのを待っていたら、何十年、何百年かかるか分かりません。例えば医療ミスについては、「皆それなりに失敗を重ねるものだから、それに目くじらを立てていたら若い医師は育だない。

だから多少のミスには甘いこともあるかもしれない」と認めていた医師がいました。それで患者が死亡したとしても、とにかく医師の将来のため、病院の将来のために真相がうやむやになってしまうとしたら、本末転倒もいいところです。

そこはもっと透明性の高い場で、何か原因でミスが生じたのかを明らかにすべきでしょう。建築業界だとか、環境問題に直結する産業廃棄物処理の現場、あるいは行政の現場などにも同じことが言えます。それなりに対応を怠らず、事前の防止策もちゃんとしておけば、めったに訴訟になることはありません。

それでもトラブルが起きたときは、どこに問題点があったのかを明らかにするために、透明性の高い裁判で正すべきところを正す必要があるのです。結局、訴訟手続を使いやすくするからといって、誰もがすぐに「もめごと」に巻き込まれるわけではありません。どうにも許せない事件が起きたような異常事態において、責任をとるべき人のみが裁かれる対象となる、それだけのことにすぎないのです。

2016年2月6日土曜日

今なお君臨するドル

第二次大戦後、半世紀になんなんとする、この歴史的時間の経過につれて、アメリカ合衆国とそのドルほど大きく揺れ動いた国家と通貨は比類がないのではないか。

アメリカの最高の時代は一九四五年から五〇年代末までのわずか一五年にすぎなかった。五八年ころより米国国際収支の慢性的な赤字、ドルの対外流出、対外ドル債務の累増、そしてドルの弱体化は一貫して続くことになる。

一九四四年七月、米国ニューハンプシャー州の保養地ブレトン・ウッズでの連合国通貨金融会議において決定された、金・ドル連結による戦後の国際金融・通貨制度は、ドルが攻撃を受けるたびに動揺し、ドル不安は金価格のおさえようもない騰貴に直結した。

そして、ついに一九七一年八月一五日のニクソン大統領によるドルの金との交換性停止にいたり、ブレトン・ウッズ体制は完全に崩壊し、その幕を閉じたのであった。

もちろん、七一年一二月から七三年二月までのスミソニアン合意による一時的な固定相場復帰という一時の晴れ間はあったにせよ、七三年二月、三月からは全世界が変動相場制に突入し、現在にいたっている。

ドルはかくて金との結びつきを放棄して、他の通貨と同様、ドルの背後に何もない不安定な不換紙幣に転落した。しかし、腐っても鯛は鯛である。

ドルの没落と人はいうが、国際通貨として依然、世界に君臨しているのはドルであり、ドイツ・マルクやスイス・プランや日本の円がアメリカのドルの地位を脅かすなどということはありえな。いのである。せいぜい、補完的・脇役的なポストにいるにすぎない。