2013年8月28日水曜日

曲線がエロティックな沖縄の城郭

酒蔵の壁を埋め尽くしている古酒の甕はすべて、人間国宝級の作家の作品ばかり。今では有名な作家でも、当時は売り出したばかりで、そんな新人作家を援助するつもりで買い込んだのだという。おそらくここは沖縄一の酒蔵に違いない。いい古酒は、こういう小さな部屋で飲むのがいい。余談だが、二〇〇二年に蔓去された高円宮憲仁親王は、毎年のようにお子様を連れてこの本部で遊ばれた。そのとき、謝花さんは必ず古酒を献上したという。憲仁親王が本部にやってきたのは、もしかしたら謝花さんの古酒を飲むのを楽しみにしていたのではないだろうか。

実は謝花さんのすごいのはそれだけではない。古来から古酒というのは、それぞれの経験でつくるものだった。たとえば、貯蔵する甕は素焼きがいいと言われるが、根拠があるわけではない。素焼きなら「酒は呼吸できるはずだ」という、何となくわかったような理屈からである。また、同じように仕込んでも、うまい古酒とまずい古酒ができるのはどうしてだろう。謝花さんは、おかしいと思った疑問を東京工大の先生と共同で解明していった。その結果、むしろ粕薬をかけた甕のほうがよかったり、甕に入れなくとも、瓶で寝かしても古酒になることがわかったという。そんなことをやっているうちに、謝花さんはいつの間にか沖縄一の古酒の理論家になっていた。謝花さんの影響で私も古酒づくりをはしめたが、これが実に奥深い。そして、楽しいのだ。

古酒も飽きないが、「城」はもっと飽きない。私か「城」に興味を持ったのはそんな昔のことではなかった。沖縄にはユタという職業がある。女性が多く、一種の民間霊媒師のことだ。ご先祖様や死者の霊と会話できるという。とまあ、こう書くと普通はバカバカしいとなるのだが、沖縄にいると、これがごく普通になってしまから不思議だ。沖縄には神懸かり的なことが普通に受け容れられる土壌があるのだと思う。ユタに運勢や商売、病気などを占ってもらうことを「ユタ買い」というが、特殊な人がユタ買いをするのではなく、「医者半分、ユタ半分」と言われるほど生活に溶け込んでいるのである。私もユタに占ってもらおうと、お願いしたことがあった。

ところが、「ヤマトの人ならミーグスクに行かないと先祖とお話できない」と言われて、そのままになってしまった。「ミーグスク」を、那覇にある「三重城」のことと知らず、私はどこかの古い城趾だと勘違いしたのである。というわけで、後日、あのときのミーグスクはどこにあるのだろうと調べているうちに、中城や今帰仁城など、本物の「城」を訪ねることになり、一瞬にして虜になってしまったというわけである。東シナ海から太平洋まで見渡せる中城などは絶景で、あの城壁の上に立つと、パラグライダーをやっていた頃を思い出してしまい、そのまま飛んでいきたくなってしまう。

沖縄の「城」がすごいのは、首里の街と京都の街の違いと同じで、本土の城は直線を基本にしているのに対し、沖縄の「城」は独特の曲線を描いていることだ。ここにも中国や日本と違った固有の文化がふんぷんと漂っている。中国も本土も城郭や都城の造営に直線を重視したが、沖縄の人たちは曲線に美を感じたのだろう。この曲線が実にエロティックで、何度見ても飽きない。とりわけ雨に濡れた「城」はすばらしく、何とも言えない色香を放っている。沖縄の巨大な門中墓(亀甲墓)は子宮を模したと言われ、幕の入口が女陰もしくは産道にあたる。城にもそんな雰囲気があって、たとえば中城など、石づくりのアーチ門などは女陰もしくは産道のようで、城壁全体が子宮のようにも思える。