2014年12月8日月曜日

「「国税」の威光」 

「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ぶ」(日本国憲法第30条)このように税金を納めることは、教育(同26条)、勤労(同27条)と並んで「国民の三大義務」のひとつである。とはいえ、自ら進んで納税することによって国家や社会に役立とうという奇特な人を除いて、多くの人は、できれば税は払いたくないに違いない。

ところで、租税とは「国家または地方公共体が一般経費の財源調達のために、個別的な反対給付なくして、民間経済から強制的に徴収する貨幣または財・用役」である。国家権力を背景に強制的に徴収するものだから、納税の義務から逃れることはきわめて難しい。とりわけ、企業を通じて所得税を源泉徴収されるサラリーマンなどは、ほとんど不可能といってもいい。

だが、所得を自ら税務署に申告する自営業者、政治家、法人などは、必ずしも不可能ではない。それ故に、少ながらぬ人たちは脱税を試みようとする。しかし、国民の「三大義務」のひとつを簡単に免れてもらっては、徴税当局の浩券にかかわる。多くの国民がまじめに納税しているのに、一部の人たちが脱税しているのでは、国民の納税意欲も薄れざるを得ない。そこで、脱税側と徴税当局の虚々実々の戦いが行われるのである。

東京地検特捜部は2000年7月11日、経営コンサルタント会社「ネオギルド」の実質的代表者の鈴木照次同社元監査役ら三人と顧客側の有名芸能プロダクション三社を経営する社長の計四人を、法人税法違反(脱税)の疑いで逮捕した。手口は、芸能プロ三社がネオギルドに架空のコンサルタント料を支払ったように見せかけて経費を水増しする方法で、97、98両年分の三社の所得約6億8000万円を隠し、約2億5500万円の法人税を脱税したという。

直接、摘発に動いたのは東京地検だが、実は東京国税局が事前にこの事件を調べて地検に告発していたのである。だから、これは国税と検察の「合作事件」といえよう。この事件では、逮捕された四人のほか、東京の元有名映画館経営者と兵庫県姫路市の資産家の二人も所得税法違反(脱税)で告発されている。

一般に「捜査三権」と呼ばれる。警察、検察、そして国税のことだ。資本主義が成熟し、社会の仕組みが複雑になるにつれて警察よりも検察の力が強くなる。とりわけ時の権力を含む政界が絡む事件となると、検察の出番が多くなる。さらに社会が発達し、情報化が進むと、全国民の金に絡む情報を握る国税が力を増す。

東京、大阪両地検の特捜部には財政経済班があるが、金の動きが複雑な事件では国税の協力が欠かせない。また、国税は臨検、家宅捜索、証拠物件押収などの強制調査権はあるものの、逮捕権まではないため、捜査を完結させるには地検に告発して、地検の出動を求める必要がある。国税と検察が合作するのは必然の成り行きなのだ。いずれにせよ、国税は単なる事務的な徴税機関ではなく、強力な捜査機関でもある。

ところで、この「ネオギルド事件」、脱税指南グループ側は元文相や現職の法相(当時)ら政治家の秘書三人に計約3400万円の「紹介料」を支払って、顧客を紹介してもらっていたという。政界とのつながりを最大限に利用したわけである。また注目すべきは、大蔵省のノンキャリアの中堅幹部に「貸付金」と称して200万円を提供していたことだ。この中堅幹部は金を返したとされるが、結局は同省の内規による「訓告」処分を受けて2000年1月末に依願退職した。資金提供の目的は不明とされているが、きわめて不明朗な話である。