2013年11月5日火曜日

ブータン最大の産業

それ故に、この薬草を県の産業として奨励する政策が採られ、その最も華々しいのが漢方の最も高価な薬剤の一つである冬虫夏草である。これは従来輸出禁止であったが、数年前に解禁されたことにより、ガサの牧畜民は新たな有力な収入源を得ることになった。ガサ県には、自動車道路が永久に建設されないということではない。現時点でガサの県民は、その必要を感じておらず、そうすべき時だとは思っていないだけである。将来技術も進み、工費も安くなり、自動車道路が必要で、その恩恵が感じられた時に初めて、自動車道路が建設されるであろう。それは、ガサ県民自身のペースである。

ブータンの自動車道路は、予算があり、技術的に可能だからという理由だけで建設される「公共事業」ではなく、地域社会、住民にとっての恩恵、弊害の両面を考慮した上で、国全体としての方針に照らし合わせて建設されている。これは、ブータンの近代化の哲学、方針を象徴することである。環境保護および自然資源の有効活用という点で、ブータンの水力発電は特筆に値する。ブータンにとって、落差が大きく水量が豊富な河川は、最大の自然資源であり、それによる水力発電は、ブータン最大の産業であり、最大の収入源である。「黒いダイヤ」と称される石炭や、石油資源によって成り立っている国々にたいして、ブータンは言ってみれば「白いダイヤ」ともいえる水資源によって生きる「産電国」ということができる。

そして、石炭や原油は埋蔵量が限られているのに比べ、ブータンの水系は自然環境が守られている限り、つまり今し方紹介した国王の言葉によれば「ヒマラヤが聳え、雨雪が降り、森林が茂る限り」再生される無尽蔵の資源である。この点、ブータンのほうが有利ともいえる。現在水力発電による収入は、国家歳入のほぼ四割を占めているが、新たな発電所の建設により二〇一四年にはほぼ六割に達すると予想されている。しかも、現在全発電量のうち、国内で消費されるのは一五パーセントにすぎず、残りの八五パーセントは、深刻な電力不足に悩むインドに輸出されているが、この傾向は今後も変わらないであろうから、電力はブータンにとっての最大の輸出品目であり続け、ブータンの経済発展と独立を保障するものである。

国土に占める森林の割合を六割以上に保ち、その森林の質を守るというブータンの環境保護政策は、ブータンの最大の資源である水力発電能力を長期的に保つために必要なことでもあり、環境保護と経済発展が補完関係にあるという一石二鳥のあり方といえる。それ故に、ブータンの水力発電所はすべて、日本に見られる巨大なダムを造って河川をせき止め、貯水した水をその地点で落下させて発電する「多目的ダム式」ではなく、上流の小さな堰から山腹に設けられた長いトンネル(導水路)を通して下流の発電所まで水を導き、そこで落下させて発電し、その水をまたしてもトンネル(放流路)を通じてさらに下流で元の川に戻す「流れ込み式」である。

「多目的ダム式」の場合、村落が水没したり、生態系に危害が及ぶことがある上に、土砂が堆積してダムの水底が上昇し、その機能が低下するのでヽ寿命が短いが、「流れ込み式」は建築費も少なく、寿命も長く、環境破壊も少ない。さらには、国全体の電化という面でブータンの特異な点は、少数の大型水力発電所から、長距離の送電線を国中に張り巡らすことはせず、国中のあちこちの水系ごとに小規模の発電所を建設し、送電線は極力短くしていることである。さらに高地の僻地では、積極的に太陽光発電が導入されている。