2014年5月22日木曜日

均衡のとれた軍備削減

それが善意の主張であれ悪意の提案であれ、現実に核兵器や核兵器開発技術を持っているのは米国だけという状況で、他の国には核開発能力を認めないということは、米国の優位を固定化する以外の何ものでもないという政治的な効果をもつこと、これもまた、動かしがたい事実であるわけです。ですから、ソ連がこれを拒絶したのには理由があった。この場合、一国だけが核兵器を持っているという条件の下で、世界の他の国々の核兵器開発能力を事前に根絶するような、徹底した、しかし一方的な先取り的アプローチが、かえってソ連側の対米不信を強め、米ソ対立を激化する効果しか生まなかったのです。

次にまた同様な問題が出てくるのが、一九六一年に米ソが合意して発表したマックロイリン声明と呼ばれる、全面完全軍縮の原則に関する米ソ共同声明です。これは、一九五九年のフルシチョフの全面完全軍縮提案、それへの西側の対案などをふまえて作られたもので、米ソが合意して全面完全軍縮を提言したのは、戦後はじめてのことでした。それまでは、国連での交渉の前提は必ずしも軍縮ではなかったわけですから、その意味では、この世界全面完全軍縮の先取り提言はたいへん画期的な出来事でした。

ところが、それにつづいて米ソが具体的な条約草案をそれぞれに提案し、いったん議論がどのようにして全面軍縮を政策化し協定化していくかという点に及びますと、交渉が行き詰まってしまった。この。場合とくに米国側が強力に主張したことは、スウェートアン代表として当時軍縮交渉にあたったミュルダール夫人も指摘しているように、いかにして軍備管理を徹底させるか、軍縮を進めていくすべての段階で、いささかも相手側に違反がないような、水ももらさぬ管理体制をどうしてつくるかという点だったのです。

削減した軍備の査察検証だけでなく、まだ保有されている軍備の国際管理さえ要求する案だった。つまり、全面完全軍縮という全体的な先取りの方針が、完全国際管理体制の確立という局部的な先取りに一面化されてしまった。そうなれば、これに対してソ連側から、スパイとか内政干渉とかのおそれを理由とする反対が現われることは見えていた。こうして、全面完全軍縮という、原理的には正しい政治的なシンボルが、現実にはかえって相互不信を助長するという結果になってしまったのです。

その上、この全面完全軍縮案は、「均衡のとれた軍備削減」という表現にもみられるように、圧倒的な優位に立つ二つの軍事超大国が合意をして「均衡」を保つ半面、その優位を崩さないで世界中の刀狩りをするという側面ももっていたものですから、世界に対する米ソの一種の「共同支配」の確立という含みも免れなかったのです。さきほども問題になりましたが、中・仏の対抗的核政策が出てきたのはそういう間隙を縫ってのことですね。

それから、同じように未来の危険を局部的に先取りして軍備管理体制を固めようという動きがもう一度出てきます。それが核拡散防止条約です。これは、核保有五大国以外に核兵器が拡がらないようにする先取り的・予防的な管理体制であり、たしかに拡散するよりしないほうがいいのですが、しかし同時に、核保有国の既得権益や優位を維持するための管理体制だと見られてもしかたがない。これも本来核軍縮の問題とすべきことを拡散防止という局部的先取りに一面化したために、非保有国の反発が強まっているのが現状です。